2018.04.13

こんばんは。

誰に向けてでもない挨拶です。

相も変わらず憂鬱で何も手がつかないのと、ひとと関わってないのと、そんな感じなので文章が自分のことしか書けない。

今日は約3ヶ月ぶりに学校へ行きました。
特に誰とも話しはしませんでしたが、授業はなんとか受けれました。

今日は朝、気が狂いそうなくらい「起き上がりたくない」という気持ちが、早朝の3時くらいからぶわっ、と出てしまい、それから1時間半ごとに目が覚めてしまいました。

段々朝に近づいて、日が昇りカーテンから光が差し込み始めると、動悸が止まらなくなってしまい、涙は出ませんでしたが泣きそうになってしまいました。

最近はお酒を常に飲んで、家にいるときは暴食して嘔吐することが増えました。
自分でもこのままだと苦しいだけ、と気付いているのですが、お酒が入っていない状態で、どう生きていいのかが分からなくなっています。

生きる、というのは動いて、ご飯を食べて、寝る。 私は生きることが余りにも下手くそ過ぎるまま、22年間生き延びてしまいました。


本当は、漫画を読んだり、何かを観て笑ったり、自分の体で生きることを感じたいのです。 私は、果たして、今本当にここに居るのか分からなくなります。その存在の証明が、私はお酒でしか今は出来ないのだとはっきり自分でも認めています。


華倫変先生のカリクラが、手元に唯一ある華倫変作品なので、今は何度も読み返しています。

ネットで少しあらすじを読んだ、酒とバラの日々、がめちゃめちゃ読みたいです。。

作品の女の子に、自分を投影しようとしている、私自身の誇大妄想が笑えてくるのと、惨めになります。


いま幸せなことは、

ボディーソープがすごくいい匂い。
お風呂から上がると幸せな気持ちになる。

おばあちゃんちに助けられている。
絶対にそこでは、怒られないから逃げてしまうのだけれど、いまの私にとって、唯一の避難場所だと思う。


明日が土曜日なこと。今日と明日は、多分夢を見るだろうな。


でも、寝てしまうと、どうしても朝がきてしまう。ずっと夜だったらいいのにと、何度も何度も布団の中で願ってしまう。

私には寝ることしかできないな。

漠然とした寂しさがずっと付きまとってて、きっとそう簡単に剥がれてくれないんだろうな。

死ぬまでこんな感情を持ち続けるのかと思うと、本当に早く楽になりたい。

 

 

2018.3.24

こんばんは。

 

今日は、新宿で行われた「こわれものの祭典」に行ってきました。

最近は、「何か用事がないと外に出るのが怖い」というような想いがあって、遠くにも行けないし、行くところも近所のミスタードーナツだったりで、動きが停滞していたので行けて良かった。

地下二階で行われた催しは、思っていたよりは明るい印象だった。成宮さんの詩の朗読は、言葉はその場限りで時間が経てば無くなってしまうけど、とても力強かった。自然と涙が出た。

月乃光司さんは、御自身が一番引きこもっていた時期(表現が正しいか分からないので、あやふやですが)に着ていたパジャマ姿で来ている、という話や、嫌だった過去のことは忘れた方がいい、という人もいるけど、僕はそうは思わないな、ということを話していて、無理やりにも、忘れよう、忘れようとしなくていいのだと伝わった。

今は、先が本当に見えない状態に居るのだと私は実感している。同世代の人達が、当たり前のようにやっている人間関係や、生活習慣だったり、普通とは違う道を歩んでいるのだと改めて感じる。 それが、この長期休暇中にとても身に染みたし、「人生に大逆転はない」と、今日のトークイベントでも話されていたけど、本当にそうだと思う。

それでも、生活は続いてしまうし、布団に入り、まぶたが沈んできて、夜に包まれて目が覚めたら、朝が来てしまう。今は、朝が来るのがすごく不安で、漫画サイトだったり、不安感を煽るようなキーワードを検索して、同じように孤独感や寂しさの相談をされているサイトを見たりして、眠気がくるまで過ごしている。

今の私には、そんなことしか出来ない。その場その場で、なんとなく生きてしまっていたから、現状のように道が急激に狭まってしまった時、どのような心の持ちようだったりとか、発散方を学ばないまま生きてきてしまった。

でも、今日の「こわれものの祭典」で思ったことは、人が今ここに、この場所で生きているんだな、と思った。その場所ですれ違った人や、私の前にいた男性だったり、お酒を注文している人や、自身の体験談を話されていた人、知人や友人らしき人達と来ている人、みんなその場で生きているのだと。

私も、その場に居れて、名前も、どのような人なのかも知らないけれど、場を共有できたことがとても嬉しく感じた。

また、今日という日が終わって、明日がきて、私の人生は変わることなく進み、言葉に残す気力もないくらい沈むことがあると思う。

けど、少しでも言葉に残したい、と感じたらこれからはどんなに惨めな感情でも、書き記すことが、今できる自分自身の生きた日々だと思う。

 

 

2018.3.16

こんにちは。

 

ベッドから動けないので文字を置きます。

 

朝起きると、毎日絶望を感じます。最近は、夢が3度場面が変わり、過去の事だったり、ありえもしないような夢を見ます。

 

何が絶望的って、もう今の現状だと、生きているのが精一杯で、この先どう生きるか、とか何を楽しみに生きていくのか、などが全然考えられなくなりました。生きる能力がない。

 

ふと、昔はゴールがある程度見えていて、そこに向かって必死になっていたけど、いまは何を取り組めばいいのかも分からないし、時すでに遅し、という感じで何も上手くいかない気がします。

 

ご飯を食べることと、漫画を読むことは何とかできるのですが、バイトも、教習もだましだましやってる感じです。

 

生きているのがとても恥ずかしく感じる、と共に他の人と比較してしまいます。何で私だけ、こんなに生きるのが下手くそなんだろう、と答えもないけど考えてしまいます。

 

いま、一番欲しいものはどんなに些細なことでもいいので、楽しみと希望が欲しいです。

私は、考えることから逃げて逃げて、今まで生きてきたから収集のつかない人生になってしまったのだなあ、と改めて感じます。

 

また夢の中の話ですが、人に汚い人生!って罵られる夢をみました。他人に言われると傷つくなあ、と思いました。いくら自分で分かっていても、傷つきました、夢だけど。

 

これから先、どう生きていけばいいんだろう。

誰かと話しても、楽しい、というのは一瞬で、すぐに落ち込んでしまうし、1人で本や漫画を見て、楽しむこともできなくなってしまい、酒に逃げてしまうことも少しずつ繰り返してしまった。

 

でも、お酒は楽しくないし、あまり自分には合っていないのだと思う。 穏やかな精神が欲しいのと、そのような時間を楽しめる気持ちが大切だと思う。

 

ここ最近は、ゆるやかに死ねたらいいな、と感じていたのだけれど、昨日、祖父母にあったらさすがに死ぬのは、悲しいな、と思いました。

 

一歩踏み出さなきゃ、という焦りと、もうどうしようもない、という気持ちが交差して結局身動きが取れない。

 

坂本慎太郎さんの、死んでないが?を初めて聴いたけど、やっぱりいいなあ、と思った。

 

騙しだましで生きていくしかないのかな。外に出るのも、電車に乗るのも本当は少し怖い。誰かに相談したいけど、毎回こんな悩みなんてやだなあ。 全部投げ出して、知らない土地で死にたい。

2018.3.9

こんばんは。

 

久しぶりにブログを書いてみます。

 

特にこれといったことがない日々が続き、毎日抑揚のない時間がただ過ぎています。

 

2ヶ月前くらいから異様に眠い日が続き、春休みに入ってから寝付きにつけなかったり、身体が石のように重くなり、布団から出ることがかなりきつくなることが増えました。

 

さすがに、こりゃだめだ。と思いメンタルクリニックへお伺いしたら、抑うつ症状であると診断されました。

 

淡々と書いていますが、うつの手前って出口が見えなくて、毎日暗い気分で、楽しいことや明るいこと、これから先の子が全く見えなくてすごく辛いです。

 

孤独感や焦燥感とか、様々なダウン系の感情が全身にまとわりついていて、なにも楽しめなくなってまいっちゃってます。

 

 

今日は、悪夢障害についての本を読みました。

芸術家は、夢からヒントを得たりしたとかいうストーリーがあって、ダリは1分間の睡眠でインスピレーションを得たとかありました。

 

夢を見ない薬とかもあるらしいのですが、主に海外のやつだったりするので危なげな感じがした。

 

私はいま、毎日夢を見てほとんど内容を覚えちゃってて、たまにおもしろい夢だと、再び夢を見るために眠りにつきます。

 

だけど、夢を見たって、それだけじゃん。とか悲しくもなるので、今の状況から早く抜け出したいです。

 

自分を表現することも出来ず、いま楽しみもなくて、人間関係の構築も怠ってきて、継続とか努力とか、全然できなくて、毎日怖くなります。

 

早く抜け出したいです。

 

 

おやすみなさい。